2011年10月19日水曜日

常盤新平著『遠いアメリカ』を読む

『遠いアメリカ』は1986年(昭和61年)、著者が第96回直木賞を受賞した作品で自伝的小説といわれている。
主人公・重吉は私立 大学英文科の大学院生。授業には興味が持てず、もう随分前から大学には行っていない。翻訳家になりたいと考えているが道のりは果てしなく遠いと思ってい る。同級生は就職して一人前になっていくのに、鬱々と自堕落な生活を送る自分に嫌気がさしている。親から一刻も早く逃れたいと思っているにもかかわらず、 毎月仕送りをしてもらっていて、そのことがさらに気を重くしている。

昭和30年代、日本にもハンバーガーやコカコー ラが入ってきてアメリカ文化が身近になってきた。古本屋に積んである薄汚れたアメリカのペイパーバックや雑誌を安く買いこんで部屋に並べる。そこに自分の 未来を託して。それらをすらすら翻訳できる日はくるのだろうかと考えると暗澹たる気持ちになる。アメリカ映画や女優スージー・パーカーを見るとアメリカへ の憧れはさらにつのる。

椙枝という恋人がいる。俳優座養成所を卒業して小劇団に入ったばかりの役者の卵。彼女は重吉 のよき理解者で「大丈夫よ。私、信じてる」と彼を励まし続ける。彼女との関係も、自分が翻訳家として稼げるようにならなければ前には進めない。焦りと憧れ がつのるほどに遠く離れてしまうアメリカ。

しかし、あきらめず思い続ける。辞書を引き続ける。分からなかった本が少しづつ理解できるようになる。かすかに未来がひらけていく…。

夢と現実の狭間で揺れる不器用な若者の切なさが身にしみる。昭和30年代、まだどことなくのんびりしていて、若者の未来に夢と希望という時代の空気が確かにあった。

○常盤 新平氏(ときわ しんぺい)
 1931 年岩手県生まれ。早稲田大学文学部英文学科卒。「ハヤカワ・ミステリ・マガジン」編集長など10年間の編集者生活を経て文筆活動に入る。アメリカの現代文 学やニュージャーナリズム作品を翻訳し、いち早く日本に紹介した。自伝的小説『遠いアメリカ』で1986年(昭和61年)第96回直木賞を受賞。訳書に 『大統領の陰謀』『オールドミスターフラッド』『カポネ』など多数。 著書に『アメリカの編集者たち』『雨あがりの街』など多数。

文:長谷川京子

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