2012年4月10日火曜日

江戸城跡(皇居東御苑)旧本丸の桜と花々

◎TOKYO PHOTO  ; EDOJYOATO 7.4.2012










旧江戸城の中心部である本丸・二ノ丸と三ノ丸跡は、皇居東御苑として月・金曜日を除いて、一般に開放されている。花見の観光客が多いこの時期は、北桔橋門(きたはねばしもん)と平川門からはひっきりなしに人が出入りする。

北桔橋門から入ると、江戸城天守閣跡の高さ20mほどの堅牢な石組み(天守台)がどーんと構えている。天守台の説明看板によると、「最初の天守閣は、1607年、二代将軍秀忠の代に完成しましたが、その後大修築され、1638年、三代将軍家光の代に、江戸幕府の権威を象徴する国内で 最も大きな天守閣が完成しました。外観5層、内部6階で、地上からの高さは58メートルありました。しかし、わずか19年後の1657年、明暦の大火(振り袖火事)で、飛び火により全焼し、以後は再建されませんでした。」とのこと。

満開の桜が美しい。本丸跡の広い芝地で、昼時間みな思い思いにシートを広げお弁当を食べている。場所柄お酒を手にする人は見当たらない。海外からの団体観光客も多い。エドヒガン、コシノヒガン、ソメイヨシノ、コヒガンザクラの満開の花々が並んで乱舞している。芝地の反対側に目を向けると、足下まで垂れかかる少し青みがかったアマギヨシノが微風に揺れている。

松の廊下跡から富士見櫓へ進む途中で、カタクリとシュンランを見つけた。日陰でそっと咲く姿は可憐だ。大きなクスノキも年代を感じさせる。富士見櫓は倉庫や防衛の役割をもった建物で、明暦3年(1657)の大火で焼失した天守閣の代用としても使われ、将軍が両国の花火や品川の海を眺めたともいわれている。かって江戸城には19の櫓があったが、今のこっているのは伏見櫓、桜田二重櫓、この富士見櫓の3つ。その中で富士見櫓は唯一の三重櫓。こちらから見ると後姿だが、皇居宮殿から見ると別の形に見えるようだ。

江戸城は徳川家康が徳川家の居城として、全国の諸大名に命じて増改築させ大城郭を作らせた。本丸・二ノ丸・三ノ丸・西ノ丸・西ノ丸下・吹上・北ノ丸の周囲16kmにおよぶ区画を本城とし、現在の千代田区と港区・新宿区の境に一部が残る外堀と、駿河台を掘削して造った神田川とを総構えとした。200年以上にわたり江戸城は江戸幕府の中枢として機能したが、明治維新後の東京奠都で皇居となった。この本丸跡の広い芝地に座って天守閣跡を眺めながら、改めて徳川の威光を思った。

※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
http://www.utsunomiya-design.com/photograph/tokyophoto1.html
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http://www.utsunomiya-design.com/photograph/tokyophoto3.html

photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子

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